ミニ同期会inひるがの高原・高山

コロナ禍の巣ごもり抜けの旅  藤垣順三(20211108)


コロナ禍で発出されていた緊急事態宣言が解除され、わが国のコロナ新規感染者数も 急激に減少してきたので、そろそろどこかに行かないかと吉田和矩さん(以下 吉田和) から連絡をもらった。私は行ったことがないので飛騨高山方面はどうか、と気軽に答えた。
すると、吉田和はすぐさま牧野孝宏さん(以下 牧野)と連絡を取り、高山行きの段取り が整えられ、メールが届いた。宿泊先は、吉田和がメンバーになっているので「SUN メン バーひるがの」に予約をしたとのこと。吉田和が参加希望者をメールで募り、吉田和、牧 野のほかに吉田義明(以下 吉田義)、 内田建和(内田)と私の5名で行くことが決まった。
あいにく週間天気予報では、11月8日だけ全国的に雨となっていた。それでも決行 することになったが、当初名古屋駅に集合する予定が、内田が岡山から車で来ることにな ったので、岐阜駅集合に変更された。内田は途中で吉田義をピックアップし、岐阜駅前で 残りの3人と合流し、5人相乗りで旅をすることになった。

a 集合場所も二転三転したが、天気も直前の予報では雨から曇りのち晴れに変わった。 内田は、この日のためにタイヤを新調し、ピカピカに磨き上げられた車で登場。 実は、彼が今回この会に参加するにあたっては新幹線などに乗るのを家人が快く思って おらず、車で行くなら承諾するとのことだったそうだ。
5人を乗せた車は、ディーゼル車にもかかわらず室内はガソリン車と変わらないくらい静 かで、快適に東海北陸自動車道を走り始めた。途中で簡単な昼食をとり、一路ひるがの高 原へ向かう。次第に山並みが近くに見えるようになり、緑色の中に赤や黄などが混じった 山々が美しい。

b 2時過ぎにはホテルに着いたが、その前に飲み物を調達しようと車で近くの店を探す。 吉田和が自慢のスマホで近所の酒店を検索して、そこまで行くが既に閉店しており、道行 く人に聞こうとしても通行人もいない。道の駅に行ったが、そこでは酒類は売っておらず、 酒店を聞くとホテルの近くにあるとのこと。戻り道にあった店に入ると、そこは高原牛乳 やヨーグルトなどの乳製品を主に売っていたが、目的としていた酒類は無し。その店の店 主に再度酒店のことを聞くとホテルにほど近いところにある食品店を紹介される。その店 の中に入ると野菜や雑貨と共に酒類も置いてあり、ビールや酒などを調達することができ た。土地勘のない所では往々にしてこのようなことがあるものだ。

c ホテルに着くと、吉田和が事前にネットで入手していた研究用の抗原検査キット を取り出し、5人でコロナ検査。唾液を採り、検査液の入ったチューブに差し込み3分間待つ。 皆自分は大丈夫とは思ってはいても、検査結果が出るまではやや心配顔をしている。 コントロールの線の下にもう一本線が現れるとアウト。全員大丈夫と分かり、その試験 チューブを記念撮影する。 吉田和によれば『本人は参加したかったのに、内田の奥さんがコロナを心配しており参加を 決めかねていた。抗原検査キットは内田の奥さんに安心してもらおうと、私が準備した。 もし陽性者が出たら、もう一部屋追加する予定だった』とのこと。 部屋数は2部屋とってあったので、酒のあまり飲めない吉田和と内田が一緒に、もう一部屋 に牧野、吉田義と私が入ることになった。 間もなく我々の部屋ではビールが並べられ、先ずはコロナにも感染せずこうして旅行にも 来れることに感謝して乾杯。 喉の渇きもあり、ビールがうまい。我々が呑んでいる間に、内田は長距離運転の疲れもみせず 吉田和とせっかく来たのだからと紅葉の美しい付近の散策に出かける。 近くには分水嶺公園があり、標高は約 875 メートル、「長良川」の源流域で大 日ヶ岳から流れ出た水が南北に分かれていく「水分かれ(みわかれ)」として知られ、南は 長良川となって太平洋(伊勢湾)へ、北は庄川となって日本海(富山湾)へ注ぐ。

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彼らが戻ってきた時には、既に 500ml 缶ビールが 5 本も空になっていた。 散策時に撮ったスマホ写真を見せてもらった後、そろって風呂に行く。風呂がある7階から の眺望は素晴らしく、ほろ酔い気分の3人はわざわざ歩いて行かなくても、ここから紅葉の 景色を眺めるだけで十分」とうそぶく始末。ゆっくりと風呂につかった後は、おいしい夕食。

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ホテルからのサービスドリンクは吉田和、牧野と内田はワイン、吉田義と私は日本酒を チョイス。 おいしい料理に合わせて呑む酒はまた格別にうまい。食事が進むにつれ話も弾み、 ワインのボトルを追加。 呑むほどに話も声も大きくなり、世界中を飛び回って 仕事をしてきた吉田和などは 仕事が大変だったことだけでなく、観光旅行では経験出来ないような各国での経験を話し、 とりわけ失敗談には大笑いした。近くのテーブルの人も聞き耳をたてていたほどである。 牧野は寒蘭の花の香りと草姿の美しさにひかれて100鉢を超えるコレクションの自慢や 畑でイタズラをするカラス退治の秘伝なども話してくれる。吉田義は相変わらず畑仕事な どを続けており、その際に使う鎌などの刃物を研ぐ特殊な砥石などについての話、私がこ の旅の後に運転免許更新のため認知機能検査を受けなければならないことを話すと、内田 はネット上で公開されている認知機能検査の内容を予習をしていき、100点満点だった と自慢顔。おいしい夕食を終え、部屋に戻っても話は尽きないが、眠くなってきたので布 団にもぐって眠る。
明け方、喉の渇きを覚えたので水を飲もうと起きると、牧野が一人でビールやワインを 飲んでいた。彼も喉が渇いたから起きたが、ビールなどがあったのでそれで喉の渇きを潤 しているという。付き合って少し飲みながら、またぞろいろいろな話に花が咲く。これが 仲間との旅の楽しみでもある。

g 夜も明けてきたので朝風呂に行くと、昨日とは違う小雨に煙る紅葉が美しく眺められた。 昨晩あれほど腹いっぱい食べたり飲んだりしたのに、朝食のテーブルに着けばけっこう食 べられるものだ。朝食が始まると、さっそく牧野が明け方一人でビールやワインを 飲んでいたことなどが話題となり、朝から話がはずむ。 ホテルを後にして、紅葉の美しい桜山八幡宮の境内にある高山祭屋台会館を訪ねる。

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飛騨の匠達が腕をふるって作ったという屋台がずらりと展示されており、 細かな木工や金工の技、その上に彫られた彫刻のすばらしさ、台をぐるりと囲むように 下げられた織物の美しさ、どれをとっても高山の職人達が腕によりをかけて最高の物を 作ろうとした情熱が感じられる。 さすが国指定重要有形民俗文化財に指定されているだけあると納得した。

k そこを出て古い町並みに行くと、若い旅行客にあふれており、古い町屋が土産物店とし て繁盛している。我々も一軒の土産物店に入り、飛騨名物の赤蕪の漬物などを買う。 そこの店員さんに食事処を尋ねて、紹介された肉屋直営のレストランに行く。 前夜の食事や今朝の朝食でもおいしいものをたくさんいただいた後なので軽く済ます つもりであったが、一同飛騨牛のハンバーグ定食を食べることになった。 その店の壁には、作家の開高健がアラスカ辺りで釣ったと思われる大きな魚の剥製標本 などがたくさん飾ってあった。 おいしいハンバーグ定食をペロリと平らげて、また内田の車に乗り込み帰途に就く。 腹の皮が突っ張れば目の皮がたるむと言われるが、車中でうつらうつらしながら聞く よもやま話はいい子守唄。この間も内田はしっかりと運転に励んでくれ、気がつけば 岐阜駅に到着していた。一泊二日の楽しい旅も終り、三々五々帰途についた。

帰宅後、さっそく吉田和からメールが入り、「皆さん お疲れ様でした。特に内田さんの 運転お疲れ様でした。ありがとうございました。とっても助かりました。ひるがのが蛭 の意味とは、ちょっと興醒めです。皆さん、元気にまた春頃どっかに行きましょう。 今回は藤垣さんや牧野さんの希望でしたが、次回は義明さん、内田さんどこがいいか、 提案して下さい。天気にも恵まれて何よりでした。」と早くも次のお誘い。 次回はコロナも落ち着いた頃、同期会で皆さんと一堂に会して楽しくやりたいものです。