花の風景(散歩道の花)1

デンドロビウムとフウラン  長池泰弘(2020.4.15)

 私の散歩道は農家の屋敷に沿った脇道につながっている。 最近は周辺に住宅が次々と建てられて田園風景は早いテンポで変わってきたので、 この道を歩くのも結構楽しいものだ。 日当たりのよい農家の庭は、我が家より半月も早く春の花が咲いて春を先取りしたような 幸せな気持にさせてくれる。
 散歩コースは小さな寺の門へと続く。 境内には妻の両親が眠る墓があり、塀越しに目をやっては昨日の無事の報告と、 今日一日の家族の安寧を念じながら歩くのも日課のひとつになった。

 寺の隣は200坪ほどの庭を持っ農家の屋敷である。 庭の周囲に植えられたカキとマキの木の幹には大人ひとりがやっと抱えられるほどの大株の デンドロビウムが幹を巻くように着生し、その枝先にはセッコクやフウランが隙間のないほど 根を広げていた。 かつて写真で見たデンドロビウムの原産地、インドやミャンマー北部の山間地の樹幹に 絡まるように着生したランの風景が思い出された。
 このデンドロビウムはノビル系という種類で我が国では栽培の歴史が古く、 終戦後には品種改良が盛んに行われるようになったそうだ。 寒さに強くマイナ ス2~3℃の低温でも枯れることがない丈夫さで早くから定着し、 日本が世界一の品種改良国になったという。
 昭和38年の極東寒波以来度々寒波に遭遇したが、最近では異常気象に よる暖冬傾向が恒常化して、藤枝が凍りつくことは少なくなった。 おそらくこのランは家主が10年か20年ほど前に幹に張り着けたものが大株に 育ったものにちがいない。 桜の咲く頃に咲き始めて4月中旬には満開となったが、豪華な花を眺めながら歩く このスペシャルコースは実に贅沢で幸せな散歩道だった。

 学生時代の友人A君は、1000坪以上もあろうかという広い敷地に大きな家を構えた 農家に婿入りした。 敷地の中の畑は野菜が栽培されていたが、隣家との境界には大きなカキやマキの木が 何本も植えられていた。 それらの木には、大人の肩ほどの位置から枝の先にいたるまでフウランの大小の株が 着生して隙間の無いほど根を張っているのを見て驚いた。 十数年前に大きな株を貰い受けたが、私の庭には着生させるような木が無かったので ミズゴケで作った大きな球に張り着けた。 毎年6月下旬の夜になると、軒に吊るした満開の白い花から放たれる甘い香りが辺りを 満たし当時のことが思い出された。


ハナショウブ  長池泰弘(2020.5.25)

 夜の明けるのを待ちこがれ闇夜にうごめいているのは団地第一世代の「徘徊 予備軍」の老人達だ。新聞配達のバイクの音に耳を傾け、窓に何度も目をやっては 明るくなるのを待ち、枕元の時計に手をのばしては起きだすタイミングをはかる。 しばらくして、妻に気づかれないように寝室から抜けだして湯を沸かし、一杯の コーヒーを入れて至福のひとときを過ごす。一息つくと、音を立てないように玄関 をすり抜けいよいよ早朝散歩へ出発だ。私達徘徊予備軍の一日はこのようにして 始まるのである。
 団地が出来てそろそろ半世紀になるが、周囲の田園風景はまだまだ捨てたもの ではない。早朝の田圃道は、夜露に濡れた草の葉が浅い日射しを受けて銀色に 輝き始めると小鳥達のさえずりもにぎやかになる。
 5月の連休が過ぎると一斉に田起しが始まる。やがて、用水路の口が開いて 田の脇の水路にサラサラと心地よい音を響かせ水が流れ始めると、いよいよ田植 シーズンの到来だ。
 まだ4時半だというのに、どこかの徘徊予備軍達の姿が一人二人と目に入ってきた。 新型コロナウイルスの登場以来、なるべく人に出くわさないようにと心掛けて いるのだが時には勘が外れる。道のコース取りに工夫をこらすが相手もさるもの 軌道修正は間に合わず、急いでポケットからマスクを引っぱり出した。 朝ぐらいは新鮮な空気を両肺一杯吸わせてほしいものだと思っていたが、この時 ばかりは腹立たしさをこらえて互いに目をそらしながら急ぎ足で通り過ぎた。 相手も同じことを考えているのかもしれないと思うと、何ともおかしくなって時々 後を振り返った。悲しいことに、すれ違っても朝の挨拶をする人はいなくなってしまった。

 歩行者を見つけるとすかさずコース変更をするが、その結果、予期せぬ幸運に 恵まれることもある。今朝は貸農園の一角に満開のハナショウブを見つけ 足を止めた。きれいに咲く花の中でも、欧州由来の帰化植物「キショウブ(Iris pseudacorus)」 との交配で生まれたキハナショウブの美しさはひと際目をひいた。
 最近は、草丈が短いうえに坪枯れが多くて見るに堪えないショウブ園が目に つくが、「連作を嫌うこの花は3年に一度は改植と株分けをし、さらには土壌消 毒が必須である。」と、かって農業改良普及員から教わったことを思い出した。 何年か前に、ブームのようにあちこちでハナショウブが植えられたが、その後の 管理を怠ったばっかりに今頃になって手の施しようがなくなったのだろう。
 この団地で半世紀近くを過ごし、連作障害に晒されながらめでたく徘徊予備軍 の仲間入りを果たした私だが、手の施しようがあるうちにせっせと歩き続けて 体力維持に努めたいと思っている。