花の風景(散歩道の花)2

ニオイバンマツリとクチナシ  長池泰弘(2020.6.5)

 田植の済んだ田園の脇を通り抜けると、散歩道の後半は農家や民家のある 道に続く。敷地に植えられた色々な植物を眺めながら歩くこの通りは足腰の疲 れを忘れさせてくれるリラックスコースである。

 初夏に咲く花は、春の花に比べて開花期間の短いものが多いが次々と主 役が変わるので楽しい。脇道をしばらく進むと、ニオイバンマツリがジャスミン に似た強い香りを放って咲いていた。この花は咲き初めが紫で日毎に淡くそして 白へと変化するので、次々に開く花が重なって実に美しい色合いだった。
 ニオイバンマツリの花がピークを迎える頃に、甘いさわやかな香りのクチナシの 花が追いかけるように咲き始めたが、バンマツリの香る余韻に打ち消されたため だろうか、気づいた時にはクチナシの一番花はクリーム色に変わっていた。庭に 植えられたクチナシは枝を半球状に刈られ、生け垣に植えられた枝はサザンカ などと一緒に刈込まれていたために咲き初めの白い花を見落としてしまった。
 旧東海道藤枝宿の名物として知られる「瀬戸の染飯(そめいい)」は、クチナシの 実で染めた「黄色いおこわ」である。今でもこれが店頭に並んでいるのを見ること があるので、農家の庭にこの木が普通に植栽されているのもうなずける。私の散 歩エリアは旧東海道から離れた田中城址の東側になるので、この地域の農家の 庭のクチナシは目立つほど沢山はなかったが、実の付きが良い植物なので枝 を丸刈りしようが垣根にしようが、花さえ咲けば秋には自家用の一年分くらいは収 穫できるということだろう。

 旧藤枝宿周辺では日常的にクチナシを利用する機会が多いことと思われる が、特にハレの日の「染飯」は定番メニューとしてテーブルの中央に据えられて 数々のご馳走の引き立て役を担っている様子が目に浮かんできそうである。
 子供の頃我が家の庭にも大きなクチナシの木が植えてあった。小正月には、 祖母や母は雑穀などと合わせて搗いた餅で「かき餅」を作り、子供はクチナシ や紅などで染めた色とりどりの生地で「花団子」作りを手伝った。兄や私が捻 挫や打撲をすると、母は小麦粉に煮出したクチナシの汁と酢を混ぜ合せて練り 込んだ。鼻をつくような臭いの生地を患部に張り付け上から油紙を被せ包帯を 巻いた。翌日には腫れも痛みも治まって何とも奇妙な事だと思った。私の記憶 には、かき餅や花団子を作ったことよりも強烈な臭いのする張り薬の方が鮮明 に残っている。
 妻は秋になると、クチナシで染めた“栗おこわ”を度々炊いてくれるが、 数年に一度はクチナシの実を町はずれの八百屋さんに頼んでいた。
 今年こそ、枝をいただき挿木をして育ててみようかと思っている。



ハンゲショウ  長池泰弘(2020.6.25)

 田植が一段落した6月半ばの今朝の田圃道は、雨上がりのヒンヤリとした 空気で実に清々しかった。
 中国から伝わった暦とは別に、日本独自の暦日に雑節(ざっせつ)というの がある。季節の変化の目安としたもので、彼岸、八十八夜、半夏生、土用など がそれである。夏至(6 月 21 日)から数えて11 日目の7月2日から七夕までを 半夏生(はんげしょう)といい、田植が無事に済んだことを「田の神様」に報告し お神酒や餅などを供えて祝ったという。稲作は我が国農業の根幹を成すもので 田植はその前段を担う重要な仕事である。半夏生はこの田植のために努めてき た家族の労をねぎらうと共に、これから迎える暑い夏を乗り切って秋の収穫作業 を無事に勤めあげるための休息日でもあった。
 夏の野の草を代表するハンゲショウは、北海道を除く全国の川や湖沼など に自生する水辺の宿根植物である。かつては水の豊富な田園地帯のどこにで も見られる普通の植物だったが、最近は減少してこの地域でもあまり見かけ なくなった。

 夏至の頃になると、ハンゲショウはひも状の細い房を出して小さな花を咲かせ る。そして、花の咲く頃に合わせるように花房の近くの2~3枚の葉の表面が、葉 先の一部を残して真っ白に変色してあたかも花が咲いているように見せるが、地 味な花に代わり花粉を媒介する昆虫を呼び寄せるためのデモンストレーションで あった。無事に授粉を済ませて花がしぼむ頃になると、白い部分に再び葉録素 が満たされて普通の青葉に戻ってしまう。色の変わった葉の表面が半分化粧を したように見えることと、半夏生の頃に花が咲くということに因んでハンゲショウ と命名されたという。
 世界中には、このように自然を生き抜くための特別な機能を授けられた植物 が沢山あるが、何とも不思議な植物の営みにつくづく感心した。
 若い頃より草花との係わりの深かった私にも、あまり関心のない植物がいくつ かあってそのひとつがハンゲショウだった。去年の七夕の頃妻がこの花を植えた いと言い出した。苗を求めるには時期を過ぎていたが幸いにも切り花が売られて いたので一束を買い挿木をした。今年の春、大きなコンテナに植え替えた小さな 苗は順調に育ったと思ったが成熟に至らなかったことで花芽が出来ず、初花 (はつばな)は来年までお預けとなった。
 食わず嫌いだったハンゲショウの経歴や素性を探っているうちに、この草も 中々捨てたものではないと認識を改めた。




緑の花 「コケ」  長池泰弘(2020.7.1)

 私の得意とする道楽のひとつにコケ玉作りがある。その技法は自ら考案したも ので、理にかなった素晴らしい技であると自画自賛しているが、いつか、その証し となるような誰からも称賛される作品を作らなければなるまいと考えている。コケ 玉作りは手先指先を巧みに動かす細かな作業を伴うので、衰えた脳の活性化 を促して、きっとボケ防止に役立つにちがいないという誰かの言葉を思い出した。 コケ玉作りに熱中するあまり、「ボケ殿」に先回りされて迎えに来られてはたまらな いと思いながら、新たな目標に向けてコケ玉作りに勤しむこの頃である。
 草刈りの終わったばかりの田圃道を抜けて民家の連なる脇道にやって来ると 塀や生け垣の下はコケの天国だった。寒い冬には干上がって目立たなかった コケも3月の「花おこしの雨」に打たれて一夜にして生気を取り戻し、長いコケシー ズンの幕開けとなった。梅雨空に歓喜しているかに見えるコケ達だが、さすがに 雨の晴れ間の暑さには悲鳴を上げて、半日も照りが続くとカリカリに干上がって しまった。ところが、再び雨に打たれて1時間も経たないうちに元の姿に戻るしたた かさには驚くばかりだ。身近に生えるコケにギンゴケ、スナゴケ、ハイゴケなどがあるが、 私はほとんどのコケの名前は知らない。コケは普通の植物と違って細かな形態 で種類も多いうえに、個体毎の特長が定めにくく名前を確かめることが厄介で 検索を避けたからだ。
 梅雨も末期になると初夏の野草の勢力は一段落して目立たなくなったが、 塀の周りやブロックの地際のコケは水をたっぷり含んで、まるでヒスイのようにキラ キラと輝いていた。花を咲かせることのない地味な植物だが、雨上がりの朝日を 受けて一段と美しくまさに“緑の花”が咲き誇っているようだった。

 古都の寺には多くのコケが群生して美しいが、そのような場所にはコケ玉に使 用できる種類のコケは少ない。相性の良いコケが見つからないために私の目指 すコケ玉に育ってくれない所以でもある。
 コケ玉の原点は、深山の岩や朽ちた倒木を覆う緑のコケの美しい景観を、手 に乗るほどの小さな球体に映し現わそうとするものだ。しかし、そのような山のコケを 植えてもまともには育たないので、人の住む環境に順応して生えている中から探し だそうと的を絞っているが、相応しいコケにめぐり会うことはめったになかった。
 コケを球状の基盤に張りつけて、庭の木漏れ日の射す場所に2~3ヶ月ほど 置くと美しい「緑の玉」に成長する。やがて、周囲から舞い込んでくる草木の種 がコケの中に芽生えて深山の趣を醸し出してくれる頃にコケ玉は完成する。
 完成したコケ玉を陶器の皿にのせて床の間に置いてみよう。きっと、さわやか な風が部屋を吹き抜けていくことだろう。 これこそ私の求めるコケ玉である。