その手は桑名の焼き蛤

入学試験と期末試験  井上建雄(2023.3.20)


■入学試験

我々の時代、国公立校進学希望者は3月初旬に国立一期校を、20日過ぎに二期校を受験した。
高校3年間日々行動を共にしたSくんと私は、まだ冬の寒さの残るホームから列車に乗り込んだ。 車窓越しの外の景色がやがて車内を映す鏡に変わり、たわいない話も途切れとぎれになるといつの間にか眠りに就いてしまった。
翌朝、米原駅で前年開通したばかりの新幹線「こだま」に乗り換え、浜松駅から銀色の車体に濃緑のラインの入ったバスに乗り継いで磐田へ向かった。 農学部のある磐田原台地は風もなく温暖で、前日までの鼠色の空、山の斜面に残る雪の景色とは大きく違っていた。
試験会場を下見した後、狭い坂道(恥ずかしながらそれが“姫街道”であることを知ったのは卒業してしばらく経ってからのこと)を下って、宿場町の趣の残る通りの中ほどに目的の宿があった。 それは旅館というより旅籠といった佇まいで、二階の一間へ案内され、ひとまずSくんと私は旅の荷を解いた。
しばらくすると襖で隔てただけの隣の間から物音がするのに気づいた。 当方同様2名相部屋らしいが、互いに初見のせいかほとんど会話らしい声は聞こえて来なかった。
そのうちのひとりが襖を開けて入ってくるやなにやら話掛けてきた。 ラジオ放送(お父さんはお人好し)で花菱アチャコと浪花千栄子の関西弁を聞いたことがあるが、生まれて初めてナマで、しかも予告なしに早口の関西弁で話掛けられたため、 東北弁を真の正しい標準語とする我々とってその内容がよく分からず、おおよその見当をつけていい加減な返事をして切り上げた。
試験が終わり、学生生協の前で合否通知の依頼をし、磐田をあとにした。 その後しばらくして「サクラサク」の電報を受け取ったSくんはかねてから念願の漕艇部に向け、私は発酵醸造(酒飲み)の道に向かって故郷をあとにした。
浜松教養部での入学式当日、そう広くもない構内は新入生と父兄と覚しき人でいっぱいだった。 Sくんと私は互いだけが知り合いと思っていたが、人混みの中にあの関西弁の男を見つけることができた。 我々ふたりは、まさか彼が・・・と思いながら近寄っていくと、先方から我々へ「ナンヤ・オマエラ!・・・・・」と驚き顔での挨拶(?)があった。
教養部の農学部生はA、Bの2クラス編成であったが、出欠点呼の際に初めて彼の名がKであると知った。 学生生活に慣れてきたある時、「Kくん、君も入試に受かっていたとは・・・」と半ば本音で話しかけたところ、先方も我々を同じように考えていたとのことだった。
ここまでは誰にでもありそうな普通の話だが、数十年経た同窓会で、卒業後初めて会ったKくんから次の話を聞いてしっかりと記憶に残るようになった。
当時、四当五落や受験戦争という言葉がある通り、厳しい競争を生き抜くのが我が団塊世代の宿命であったが、 当面のライバルを蹴落とすために、Kくんは宿の食堂などから読み古した○○芸能やらのエロ本の類いをかき集め、二日間にわたり我々の部屋にさりげなく目に付くように置いたそうだ。 田舎のウブな高校生ふたりはそれを手にして直前の受験勉強ができなくなり、翌日の試験に失敗することを期待して。 合格通知を手にしたKくんは期待通り作戦が当たったことを喜び、入学式に臨んだところ、サクラチッタはずのふたりがいたので驚いたということだった。 「ナンヤ・オマエラ!・・・・・」と言って声にならなかった・・・・・の部分は、さしずめウカッタンカイあたりだったのだろう。
半分冗談のような話だが、そうした後日談があったので、今でも面白くかつ懐かしく思い出されるのである。 我々ふたりは、その手は桑名の焼き蛤を喰わずに済んだが、もしかするとKくんと相部屋の物静かだった生徒はハマグリを見てしまったのかもしれない。


■期末試験
前、後期それぞれの期末休暇の時期は天候が穏やかで、学生生活のなかで最良の季節であった。 が、その直前に期末試験があることが唯一最大の問題だった。
1時限目の授業はほとんどサボり気味で、なかには全欠のためどんな講義なのか分からない教科もあった。 そんな時はいつも神様か仏様のようなSくんに頼るのだった。
その時は、試験日が迫っていたというより前日だったためノートを借りるのもはばかれ、Sくんの下宿先の部屋で徹夜でノートを暗記させてもらうことにした。 Sくんにとってはかえって迷惑千万だったはずだが、なにひとつ嫌な顔をせず慈悲に満ちた笑みを浮かべ(と私の目には映った)、好きなようにさせてくれたのだった。

まじめに授業を受けたSくんの受講ノート[食品貯蔵論]
読み易い字で書かれたノートなのだが、読み取れないところや理解できない術語があるのは授業に出ていないのだから当然のことだ。 遠慮しながら、その解読、解説をSくんにお願いしつつノートを読み進めていたが、度々の私の質問にうんざりしてきたのかもしれない。 が、困った顔もせずつき合ってくれたSくんが、日付が変わる頃「イノウエくん、これ読んでみない」と一冊の本(*)を手渡してくれた。
ちょっと休憩するつもりでページを繰っているうち、どんどんその先を読みたくなった。 そしてSくんが予め蚊帳を吊り用意してくれた布団のうえに転がり込み、とうとう夜が明けるまで読みふけってしまった。
試験結果は覚えていないが「可」うまくいっても「良」くらいのものだったろう。
Sくんが意図したものかどうか分からないが、私は蛤を喰って静かになった訳だ。
菩薩様のようなSくんは、公務員になっても敵を作るようなこともなく出世をし、うるさくわがままな県議を相手に持ち前の穏やかな対応で難職をこなし、遂には知事、副知事に次ぐ地位である技監に登り詰めたのは宜なるかなとおおいに納得する次第だ。
昨今は、相変わらず謙虚にアンポンタンと自称しつつも元気で活躍の様子だ。


【*】
フランスの小説.かなり抑えて翻訳されているが当時としては驚くような内容.1955年ドゥ・マゴ賞を受賞.映画化もされた.今もってAmazonで購入できる.ストーリー:Oは、ある日恋人ルネにとある城館へ連れて来られ、複数の男の共有性的玩弄物となるよう、鞭打やその他肉体を蹂躙する手段をもって心身共に調教され・・・