さてさて、同期の皆さま、新春、あけましておめでとうございます。
引き続きお元気にお過ごしのこととお慶び申し上げます。
私は、先の年末にいつもの息子一家と山口・広島・岡山・愛媛の旅に出かけました。孫が「原爆ドームを見たい。」というので計画しました。年末と言うこともあり、新幹線の座席指定は取得が難しく、レンタカーを借りて安城から広島、山口と走りました。合計往復1,400キロの旅でした。私も高速道路では運転をしました。前回のようにスピード違反で捕まらないように、まわりの車のスピードに合わせ、猛スピードで走る車の陰にそっと隠れて、ほぼ120キロのスピードで走り通しました。
それでは、漫遊記のはじまり~、はじまり~。
第1日目 原爆ドーム・白蛇神社・錦帯橋・厳島神社
前日深夜、安城を出発しました。新名神高速道路から山陽自動車道を経て広島に午前8時ごろ到着です。岡山から広島の間は雪が降っており、周りの景色は水墨画のようでした。それでも120キロです。その後、広島市内は良く晴れた天気となりました。
孫と平和記念公園で(遠くに原爆ドーム)
原爆ドームは外国人が多く訪れており、外国語が飛び交っていました。特に広島平和祈念資料館には多くいました。私は15年ぶりに訪問しましたが、展示内容もすっかり変わって、悲惨な被爆者の姿の写真はほとんどありません。平和について、核廃絶についての展示物が多く見られました。
次に錦帯橋へ行きました.渡橋賃は600円です。15年前は200円でしたが・・・、と感慨深いものがありました。私は既に2回渡った経験がありますので、そこは節約、渡橋はやめて車を対岸まで移動させる役目をしました。
しかし、600円は往復渡橋賃だったようで、あんまり意味のない車移動でした。残念。
★最も紹介したい『白蛇神社』:No.1
次に岩国市にある『白蛇神社(しろへびじんじゃ)』へ行きました。白蛇は岩国地域の自然林に時々見られるようでして、それを捕まえて、神社の境内で飼育・繁殖しているのです。現在41匹いるそうです。冬の季節でもヘビは動いていました。「どうして、冬眠してないの? シロヘビだから?」と聞きましたら、「見学者のため、25℃のガラス温室内に入れているからです。」という返事でして、すぐ納得しました。でも、冬眠できないヘビがかわいそう。
白蛇神社の手水鉢 ヘビの形をした「おみくじ」
ヘビは「巳(み)」と「実(み)」の語呂から、「実り」や「収入」を連想させる縁起物としても親しまれ、金運上昇に効果があるとされています。また、「将来・未来がある。」といった意味もあります。これは、ヘビが定期的に脱皮を繰り返すことに由来し、生命力や再生の象徴とされているからだそうです。
ちなみに、ヘビの頭部の抜け殻がお守り袋に入ったものは6,000円でした。あまりにも高額なので買うのをやめました。15年前に買ったときは2,000円でしたので、友人達に買っていこうと思ったのですが、断念した次第です。皆さんごめんなさい。
温室内の白蛇(動いていました) 白蛇の抜け殻(お守り):15年前に購入 当時2,000円でした
孫たちは、おみくじに夢中です。二人とも、「大吉」と「吉」を引き、満足していました。
そして、本日最後の訪問地、厳島神社への参拝です。丁度、潮が引いており、海上に立っている朱塗りの鳥居は地面から立っている状態です。皆が鳥居の下まで歩いている様子が見られました。ここでも、外国人が多くいました。私は、厳島神社の焼印が押された「しゃもじ」を買いました。しゃもじで、幸運を、勝利を、明るい未来を『めしとる』という縁起物の品です。
潮の引いた厳島神社の大鳥居 社務所で買った「しゃもじ」
第2日目 愛媛県直島(なおしま)〈美術館が多く立地している〉
★次に紹介したい『直島の美術館』:No.2
翌日8時、ホテルを出発して岡山県玉野市へ向います。玉野市は瀬戸大橋が完成するまで、岡山県玉野市の宇野駅と香川県高松市の高松駅との間で運航されていた航路、「宇高連絡船」の港町です。今でもこの『宇野港』から各地の島へフェリーが発着しています。私たちはこの宇野港から、『直島』(なおしま)』へ渡りました。フェリーに乗っている時間は20分程度でした。
直島の宮浦港からはどこまで乗っても100円という「町営バス」があり、それに乗り、島中を巡ることが出来ます。フェリーで到着した宮浦港には、さっそく草間彌生の「赤かぼちゃ」がお出迎えです。桟橋の先に屋外展示されており、子供達がカボチャの中に入ったり、のぞき込んだりしています。孫たちもさっそく走って行きカボチャと戯れていました。そしてすぐ近くには、約250枚のステンレス網で構成された藤本壮介の「直島パヴィリオン」があります。「赤かぼちゃ」同様、内部に入ることができ、子供達の人気展示物です。
草間彌生「赤かぼちゃ」 藤本壮介「直島パヴィリオン」
この様に、直島には多くの屋外展示物と美術館がありますが、全てお話するには、大変ですので、入館した美術館のみをお話しします。
その後、町営バスに乗り、「地中美術館」へ向います。地中美術館は建築家安藤忠雄氏の設計によるもので、「自然と人間との関係を考える場所」として、2004年に設立されました。瀬戸内の美しい景観を損なわないよう建物の大半が地下に埋設され、館内には、クロード・モネ、ジェームズ・タレル、ウォルター・デ・マリアの作品が安藤忠雄設計の建物に恒久設置されています。
上空から見た地中美術館(パンフレットから)
美術館は、様々な自然光を取り込んだり、展示室から展示室への通路は目の錯覚で通路が傾いて見えるなど、経験したことのない設計となっていました。
次に訪れた、李禹煥美術館(リ・ウファンびじゅつかん)は、現代美術のジャンルで、さっぱり解りません。展示室に入るといきなり、厚さが2cm程度で40cm×50cmほどの土版の表面のほぼ中央に3cmほど指で1カ所だけひっかいたものが展示されていました。「何だ、これは、私でも出来る。」と思いましたが、『これぞ芸術』と考えなければならないのです。難しい。
次に展示されている作品は、1.5m×2mほどのキャンバスに縦方向に何本もの青い直線が太い筆で書いてありました。20本ほどの線です。タダこれだけです。「難しい、難しい、理解出来ない。」と思いながら美術館を後にしました。頭がボヤ~としてしまいました。(館内は撮影禁止により作品を紹介できませんでした。失礼。)
最後に訪れた草間彌生『ナルシスの庭』は、また変わった芸術でした。
部屋の中一面に、庭にもたくさんのボールがありました6>
部屋の中一面にステンレス製のボールがありました。私の姿がボール毎に映っています。庭にもありました。そして、池にもあります。池では、風が吹くとボールが対岸に寄せられたり、こちらに向って移動してきます。「何と変わった芸術でしょうか。『これぞ芸術』だ。」と思わなければいけないと思いました。
池に浮かぶ、無数の光るボールがありました
草間彌生は何のためにこんなにも無数のボールを配置するのか分かりませんでした。しかし、ナルシスの語源をたどると何となく理解出来る気がしました。自己愛です自分が映ったボールの姿です。
ナルシスの語源:ギリシャ神話に登場する美少年ナルシス(ナルキッソス)は、泉に映る自分の姿に恋をしてその場から離れられなくなり、痩せ細って命を落としました。 のちにその場所には黄色いスイセンの花が咲いたため、西洋ではスイセンの花をナルシス(Narcissus=スイセンの属名)と呼ぶそうです。
いずれにしても、今までの自分の思考、概念とかなり、いや、相当違う世界に飛び込んだ気持ちがしましたが、一応、楽しい美術館めぐりでした。
第3日目 瀬戸大橋与島サービスエリア・吉備津神社・吉備津彦神社
最後の3日目はもう安城へ帰る日です。早朝8時にホテルを出て、まず、瀬戸大橋の中間地点に有る与島(サービスエリアがあります。)へ行き、瀬戸大橋を渡る電車を見て、最後の買い物をしました。やはりスケールの大きさに驚かされました。電車が橋を渡る時の音は迫力があり、感動しました。
その後、吉備津神社と吉備津彦神社へ参り、参拝後、帰路につきました。吉備津神社はその昔、大和、出雲と並んで吉備津という大豪族がいました。出雲は話し合いで大和に従属し、吉備津は戦い、大和に屈したと思います。そのため、出雲は「因幡の白ウサギ伝説」や「縁結びの神様」、「国譲り神話」の様な柔和なお話しがあり、一方、吉備津は悪者を退治する「桃太郎伝説」があるのではと思います(私の持論)。いずれにしても、吉備津神社は独特の姿で、本殿、拝殿は国宝です。拝殿の右奥には「お釜殿(おかまでん)」という変わった所もありました。お釜の前でご祈祷し、お釜から出る蒸気の音で「占い」を行う様です。直径・深さともに1メートルを超えるほどのお釜が蒸気を出していました。こんな占いの神事もあるものだと歴史を感じました。一度訪ねることをお勧めします。
安城への帰宅時間は午後6時でした。お陰様で、今回、スピード違反で捕まるはことはありませんでした。
朝日の瀬戸大橋(与島から撮影)と吉備津神社で購入した桃太郎の絵馬
話は長くなりました。年を取ると何事も長くなります。失礼しました。
寒さが厳しい冬です。財布の中身も厳しい時期ですが、お元気でお過ごしください。
今年はヘビ年です。金運に恵まれ、そして、脱皮して将来・未来のある1年でありますことを祈念致しております。
それでは、皆さん,ごきげんよう。さようなら。また、書きます。
遠く愛知の地から 坂部孝夫より。