この草は庭に放置した蔓の切れ端でも4~5日で発根し、高温期には切り刻
んだ屑のような茎からも芽を出した。株元からは地を這うように蔓を伸ばし節々から
根をおろしては芽を出すということを繰り返し、霜が降りるまで成長を続けるという
強靭な生命力は我が国の誇る荒野の暴れん坊のクズも顔負けである。
いつ頃のことだったろうか、この尋常でない繁殖力がグリーンカーテンを作る
素材として最適かも知れないという記事が何かに掲載されているのを読んで、な
るほど面白いことを考える人もいるものだと感心した。私はこの草が大嫌いだがグ
リーンカーテン説には共感するところがあった。
リュウキュウアサガオは、徹底した栽培管理を条件にして棚を作ればヘチマ
やフジ棚よりもはるかに遮光性に優れた棚になるはずだ。そして、この棚からは心
地よい空間が生まれるにちがいない。育種家達が競い合いこの草に近縁種ア
サガオのDNAを導入することができれば、1日中花を咲かせるアサガオが生ま
れてその棚下は誰からも愛される快適な楽園になるにちがいない。そして、多くの
老人達が暑い夏を快く過ごすことのできる「憩いの場」になれば言うことなしだ。
今朝もまたこんな馬鹿げたことを考えながら早朝散歩を楽しんだ。
四つ葉のクローバーは、五千本もしくは一万本に1本の確率で見つかるそう
だが、その多くは物理的な刺激により発生するもので、芽の先端を人の足で
踏まれることにより、一時的に変異(芽条変異)を起して発生するそうだ。
同じエリアから沢山見つかる所以だという。妻は県外への夢が叶わなかった
孫娘には、合格祈願のことには触れず高校卒業記念だと言って押し葉の
クローバーを手渡したようだった。
江戸時代の末にオランダから長崎に輸入されたガラス器を衝撃から守るため
乾燥したクローバーが緩衝材(詰草)として使われていたが、明治以降、あら
ためて牧草として導入されたのが正式な渡来だった。これが野に逃避して公園
や荒地そして田畑の周辺などに広がっていった。幼い頃、レンゲソウのように
花を引き抜いては首飾りに編んだことを思い出したが、四つ葉のクローバーが
幸福をもたらすという話を聞いた記憶はなかった。西欧ではキリスト教に関る
伝承として4枚の葉にはそれぞれ「財産・名声・愛情・健康」という意味があ
って、四葉が揃ってはじめて「真実の愛が得られる」という逸話だそうだ。ク
ローバーが渡来してから、四つ葉のクローバーの話が一般社会に伝わったのが
いつ頃だったのかは定かではないという。
すでに取り掛かっていた、苔玉作りの指導書作りも終盤になって
いたので、これが終わり次第エッセイ集作りに取り組むことにした。
店の閉店に伴いぽっかり空いた心の隙に生ずるかも知れない閉塞感
に陥らないためにも、これらの作業はしばらくのあいだ心の隙をつくろい
ながら、よい暇つぶしになってくれるだろうと考えたからであった。
その年の暮れに、悪化した“頸椎脊髄症”の手術を受け1か月弱の
入院生活を過ごした。退院後の療養期間当初は家の周りを散歩する
程度が適度の運動量だったが、身体が回復するにつれて散歩の距離
や時間も増やしていった。気分転換と足腰の訓練を兼ねて周辺の田圃道
を歩くのもよいだろうと思いながら距離を伸ばしながら朝の散歩を
試みたのは術後1年を過ぎた頃だった。
田圃道に咲く野草や小鳥たちの生き生きした表情を見ながら歩いて
いると、今まで気付くことのなかった自然の息づかいや、感じたこと
のない爽快感や自然の美しさに驚いた。さらに足を延ばし農家や民家
の建ち並ぶ脇道を歩いていると、我が家とは異なった景色を見ながら
歩くのも実に楽しいものだった。私はこのようにして見たこと感じた
ことや、季節の移ろいなどの記録を残そうと思い週の何日かはパソコン
の前に坐った。
昨年の秋、これまでの散歩の記録を整理しているうちに、新たな
エッセイ集を纏めてみようと思い立った。3年前の「花の風景」
(四季の草花)に続く2作目として、「花の風景」(散歩道の花)を
昨年12月に上梓することが出来た。
