花の風景(散歩道の花)6

リュウキュウアサガオ  長池泰弘(2021.10.23)

 10月も下旬になると朝晩の風が肌寒く感じられるが、植物には寒さに敏感な ものがあるかと思えば逆に鈍感なものがあって何とも不思議な気がした。
 我が国よりも温暖な国から渡来した植物が、霜の降りるまでしぶとく生き抜こう とする姿には感心したが、我が国固有の植物は近づいた冬の気配を早々に察 知して休眠態勢を整えようとじっくりと構えているように感じた。温暖な国に生まれ 育った外来植物は、冬を生き抜くための術(すべ)を備えていないので、葉の持 つ機能(炭素同化作用)をフル稼働させて糖分を蓄え寒さに備えようと懸命に 働いているように見えた。これはこの植物の持つ性(さが)なのである。私は彼らの 生き様に触れて自然のなせる業にいたく感銘をうけた。
 用水路の土手に根を張ったススキの大株に絡まる濃緑の塊が二つ三つ見 えた。道に面した民家の庭から土手道を横断して蔓を伸ばしススキの株元に根を おろしたリュウキュウアサガオだった。この草は熱帯・亜熱帯に広く分布するア サガオの親戚で、現地では我が国のクズの蔓のように荒地の草や低木にから みついては旺盛に繁茂する植物である。
 アサガオに似た美しい花にほだされて、庭のあちこちに植えたという家主は、 みるみる成長した蔓の節々に咲きまくる青い花に大喜びで友人知人に自慢して いた。ところが、貪欲な繁殖に転じたこの草の成長ぶりに疑念を抱き始めた時に はすでに手遅れで、繁茂した庭を見て家主は驚愕してしまった。

 この草は庭に放置した蔓の切れ端でも4~5日で発根し、高温期には切り刻 んだ屑のような茎からも芽を出した。株元からは地を這うように蔓を伸ばし節々から 根をおろしては芽を出すということを繰り返し、霜が降りるまで成長を続けるという 強靭な生命力は我が国の誇る荒野の暴れん坊のクズも顔負けである。
 いつ頃のことだったろうか、この尋常でない繁殖力がグリーンカーテンを作る 素材として最適かも知れないという記事が何かに掲載されているのを読んで、な るほど面白いことを考える人もいるものだと感心した。私はこの草が大嫌いだがグ リーンカーテン説には共感するところがあった。
 リュウキュウアサガオは、徹底した栽培管理を条件にして棚を作ればヘチマ やフジ棚よりもはるかに遮光性に優れた棚になるはずだ。そして、この棚からは心 地よい空間が生まれるにちがいない。育種家達が競い合いこの草に近縁種ア サガオのDNAを導入することができれば、1日中花を咲かせるアサガオが生ま れてその棚下は誰からも愛される快適な楽園になるにちがいない。そして、多くの 老人達が暑い夏を快く過ごすことのできる「憩いの場」になれば言うことなしだ。   
 今朝もまたこんな馬鹿げたことを考えながら早朝散歩を楽しんだ。  



シロツメクサ(クローバー)長池泰弘(2021.11.20)

 雲一つない西空に傾きかけた月が、まだ薄暗い 今朝の田圃に目の覚めるような輝きを放っていた。 昨夜はそのほとんどが地球の陰となりわずかに暗 い光を放っていただけというのに、それを忘れさせる ような美しい満月にしばらくの間足をとめた。
 散歩道の前方のひと塊の草叢の中に白いものが見えたので、近づくとシロツ メクサ(クローバー)の花だった。この草は暑い夏がくる前に1年の営みに区 切りをつけて浅い休眠に入っていたが、それも束の間秋の涼しさが戻ると共に 次の営みが始まった。最近の朝晩の冷たい風を受けてシロツメクサの成長が喚 起されて、少しずつ花を咲かせるようになったのだろう。
 去年の冬、散歩道にクローバーの草叢を見つけると妻はその脇にしゃがみ込 んで四つ葉のクローバーを探しはじめた。春の大学受験を控えた孫娘の合格を 祈願するのだと言っていたが、度々探したお陰で受験の頃までには数本の四つ 葉のクローバーを採りためることができてご満悦だった。孫娘は親元を離れた い一心で、志望校のひとつに遠隔地をそしてもうひとつを県内に選んだが、残 念なことに親元を離れるという目標は叶わなかった。ところが、この年は新型 コロナウイルス禍に見舞われて、せっかく大学進学を果たしたというのに初年 度のほとんどがオンラインによる在宅受講となって、幸か不幸か家から通学で きる大学へ入学したことに孫娘の両親は安堵していた。

 四つ葉のクローバーは、五千本もしくは一万本に1本の確率で見つかるそう だが、その多くは物理的な刺激により発生するもので、芽の先端を人の足で 踏まれることにより、一時的に変異(芽条変異)を起して発生するそうだ。 同じエリアから沢山見つかる所以だという。妻は県外への夢が叶わなかった 孫娘には、合格祈願のことには触れず高校卒業記念だと言って押し葉の クローバーを手渡したようだった。
 江戸時代の末にオランダから長崎に輸入されたガラス器を衝撃から守るため 乾燥したクローバーが緩衝材(詰草)として使われていたが、明治以降、あら ためて牧草として導入されたのが正式な渡来だった。これが野に逃避して公園 や荒地そして田畑の周辺などに広がっていった。幼い頃、レンゲソウのように 花を引き抜いては首飾りに編んだことを思い出したが、四つ葉のクローバーが 幸福をもたらすという話を聞いた記憶はなかった。西欧ではキリスト教に関る 伝承として4枚の葉にはそれぞれ「財産・名声・愛情・健康」という意味があ って、四葉が揃ってはじめて「真実の愛が得られる」という逸話だそうだ。ク ローバーが渡来してから、四つ葉のクローバーの話が一般社会に伝わったのが いつ頃だったのかは定かではないという。



花の風景(散歩道の花)『あとがき』長池泰弘(20220211)

 平成30年5月に閉店した蕎麦屋の片付けが終わる頃、HP(ホーム ページ)を整理していたら 蕎麦の情報に加え数々のコラムやエッセイなどの原稿と共に、 サラリーマン時代に気まぐれに書き綴った文章も一緒に出てきた。 花好き人生を自認してきただけに花に関る文章が多かったので、 これらの中から何点かを抜粋して花に関る内容の冊子にまとめる のも面白いだろうと思った。
 このようにして、「苔玉作り」の技術書とエッセイ集「花の風景」 (四季の草花)は秋に上梓した。そして、近況報告に替えて“勝手に ブログ”へ掲載してもらった ※。

 すでに取り掛かっていた、苔玉作りの指導書作りも終盤になって いたので、これが終わり次第エッセイ集作りに取り組むことにした。 店の閉店に伴いぽっかり空いた心の隙に生ずるかも知れない閉塞感 に陥らないためにも、これらの作業はしばらくのあいだ心の隙をつくろい ながら、よい暇つぶしになってくれるだろうと考えたからであった。
 その年の暮れに、悪化した“頸椎脊髄症”の手術を受け1か月弱の 入院生活を過ごした。退院後の療養期間当初は家の周りを散歩する 程度が適度の運動量だったが、身体が回復するにつれて散歩の距離 や時間も増やしていった。気分転換と足腰の訓練を兼ねて周辺の田圃道 を歩くのもよいだろうと思いながら距離を伸ばしながら朝の散歩を 試みたのは術後1年を過ぎた頃だった。
 田圃道に咲く野草や小鳥たちの生き生きした表情を見ながら歩いて いると、今まで気付くことのなかった自然の息づかいや、感じたこと のない爽快感や自然の美しさに驚いた。さらに足を延ばし農家や民家 の建ち並ぶ脇道を歩いていると、我が家とは異なった景色を見ながら 歩くのも実に楽しいものだった。私はこのようにして見たこと感じた ことや、季節の移ろいなどの記録を残そうと思い週の何日かはパソコン の前に坐った。
 昨年の秋、これまでの散歩の記録を整理しているうちに、新たな エッセイ集を纏めてみようと思い立った。3年前の「花の風景」 (四季の草花)に続く2作目として、「花の風景」(散歩道の花)を 昨年12月に上梓することが出来た。

 井上さんには、近況報告を兼ねてこれを送付したところ、“勝手に ブログ”への掲載を薦められた。エッセイ集には、スケッチや写真も ないので臨場感に欠けるという指摘を受けたという私の話を聞いて、 内容に相応しい写真を探して適所に挿入してくれた。おかげで文章が 驚くほど変わったように感じられた。
 こうしておよそ1ヵ月に及ぶエッセイが掲載され、懲りずにお読み いただいた同級生諸氏にお礼を申し上げる。             令和4年2月吉日 長池泰弘


 ※ 苔玉作り(2018.11)は こちら ⇒ 

 ※ 花の風景(2018.11)は こちら ⇒